こんにちは、Yasuragi Lifeのyusukeです。
最近、頭の中がずっとごちゃごちゃしていた。
「ブログ書かなきゃ」 「フルート練習しなきゃ」 「SNS更新しなきゃ」ーー。
やるべきことが多すぎて、気づけば何も手につかない。
焦りと無気力が交互にやってくる、そんな感覚。
HSPとADHDの気質を持つ僕にとって、こういう「頭の中のノイズ」は日常茶飯事だ。
些細なことまで情報として頭に入ってきて、処理しきれなくなる。
そんなある日、「もう無理だ」と思って、静かにネイティブアメリカンフルートを手に取った。
樹脂のひんやりとした感触が、むしろ心を落ち着かせてくれる。
木の温もりはないけれど、その素朴な響きは、まるで深呼吸みたいだった。
初めて音が出た瞬間
フルートとの初対面の日のことを、今でもよく覚えている。
「自分にも音が出せるのか?」
そんな不安と期待が入り混じる中、息をそっと吹き込む。
でも最初はどこかか弱く、ぷすっ、と変な音しか出なかった。
「あれ?こんなもんか?」って思って、今度は角度を変えてもう一度吹いてみた。
すると、思いのほか優しい音が返ってきた。
「お、音でた!」それだけでなんだか嬉しくなった。
その瞬間、心の奥がふっと緩む感覚が僕を包み込む。
まるで自分の中のノイズが一瞬だけ静まったようで、頭の中を風が通り抜けるような感覚。
なんでもない一つの優しい音に、心が安らいでいきました。
多分その時初めて、「音って癒しなんだな」と心から実感しました。
フルートが手元に来て2ヶ月ほどたったいま、仕事の合間や休日の時間を使って外でフルートを
少しずつ練習するのが日課に。
ミスをしても、音が裏返っても、それも全部含めて自分の音。
焦りが強い日ほど、音を出すだけで”今ここ”に戻れている感覚になれる気がするんです。

なぜAmazing Graceを選んだのか
フルートを初めてまもない頃、どの曲を吹こうか迷っていました。
テクニックよりも、「心に響く音」を優先したくて。
そんな時にふと頭に思い浮かんだのが、”Amazing Grace”。
元々、この曲は、奴隷貿易に関わっていた男性が、
罪と許しをテーマに描いた讃美歌。
だからこそ、どんなに苦しい時でも「もう一度やり直せる」という希望が込められている。
僕自身、過去に仕事や人間関係で心がすり減り、
自分自身を責め続けていた時期がありました。
そんな中で出会ったこの曲のメロディは、
まるで「大丈夫。焦らなくていい」 と語りかけているようでした。
実際に練習を始めたのは、ある静かな朝の森にて。
冷たい澄んだ空気と木々が色づく秋の移ろいを感じながら。
最初の音は、もちろん上手くはいきません。
音程も安定せず、途中で息が途切れる。
でも何度も何度も吹き直していくうちに、少しずつメロディがつながり、
曲の輪郭が浮かび上がってきました。
ネイティブアメリカンフルートはマイナーな楽器じゃないからそう簡単に楽譜も見つかるわけもなく、、
(フルート単体だけ購入したのでYouTubeを頼りに手探りの状態でなんとかメロディまで吹けるように、、!)
そこで気づきました。
この曲は、うまく吹こうとするほど乱れていく。
むしろ”委ねるように”吹いた時、いちばん優しい音が出る。
その瞬間に「癒し」という言葉の本当の意味を感じた気がしました。
音楽って、誰かに聞かせるためのものだけじゃなく、
“自分の心を整えるための祈り”
のようなものなのかもしれない。
そう思うことになってから、Amazing Graceは僕にとって
「心を戻す場所」になりました。

音が静けさを取り戻してくれた瞬間
フルートを手に取り、深呼吸をひとつ。
ゆっくりと息を吹き込むと、音が空へと溶けていく。
その瞬間、風の音、波の音、鳥の鳴き声、そして
フルートの音が溶け合い、
まるで世界が一つになったような感覚がありました。
頭の中でなっていた”ごちゃごちゃした思考”が、
すっと静まり返る。
「こうあるべき」「もっと頑張らなきゃ」という声が消えて、
ただ”今”という瞬間だけが残る。
その時、胸の奥で小さな気づきがありました。
「癒しって、特別なことじゃないんだな」って。
誰かに認めてもらうことでも、成功することでもなく、
自分が”穏やかでいれる時間”こそが、本当の癒しなんだと。
吹き終わった後、少し冷たい風が頬を撫でていきました。
音は消えても、その余韻は心の中にずっと残っていた。
まるで「今日もよく生きたね」と優しく背中を撫でられたような気持ちでした。

この音の旅は、まだまだ続いていく
フルートを手にしてから、まだほんの数ヶ月。
けれど、その短い時間の中で、たしかに
「心の変化」がありました。
最初は、ただ音を出すことに必死で、
うまく吹けない自分に苛立ったり、何度もため息をついたり。
でも今は、音が出なくても、それを「自分らしさ」として
受け入れられるようになった。
音の”揺らぎ”や”かすれ”の中にも、ちゃんと感情が宿っている気がする。
あの日、森で吹いたアメイジンググレイスの音は、
今でも頭のどこかに残っている。
心のざわつきを包み込んでくれた、あの柔かな旋律。
あの瞬間、「音と心がつながる」という感覚を初めて知った。
フルートは、僕にとって”表現の道具”ではなく、
“心の鏡”みたいな存在です。
その日の感情が音になり、息に乗って空へ溶けていく。
悲しいときは震える音になり、穏やかな日は柔らかく響く。
どんな音も、その日を生きた証のように思えるんです。
この先、もっといろんな場所で吹いてみたい。
山で、川辺で、旅先の夜に焚き火のそばで。
その度に、心が少しずつ整っていくのを感じていきたい。
そして、読んでくれているあなたにも、
この音のたびの一部を感じてもらえたら嬉しいです。
音は聞こえなくても、文字の奥に流れている
「静けさ」や「温かさ」が、
ほんの少しでも伝わっていたら、それだけ十分です。
これからも、僕は音と一緒に生きていく。
焦りや不安に呑まれる日があっても、
深呼吸をして、フルートを手に取れば、
また少し前を向ける。
今日の一音は、明日への祈り。
音の旅は、まだ始まったばかりです。



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